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H-BLD

物件名 H-BLD
所在地 東京都世田谷区
主要用途 住居、事務所、店舗
発注者 個人
構造 鉄骨造
階数 地上3階
建築面積 57.840m2
延床面積 144.600m2
設計期間 2020年11月12日〜2021年6月27日
工事期間 2021年6月28日〜2021年10月26日
担当 中佐昭夫、平岡諒太
構造設計 森永信行/mono
施工 天山工務店
1階入居 Chanoko Coffee Roastery
1階入居 イルンゴ
2階入居 katakana shin
写真 矢野紀行
 

毎週のようにランチで通っている近所の喫茶店のマスターから、「小学校時代の後輩が、実家の改装を頼める人を探しているんですよ・・・」と相談されたのがきっかけだった。聞けばその実家というのは、当方事務所が入居しているビルから二軒隣で、これまた毎週のように通っているロースタリーカフェが入居している小さな雑居ビルだった。

ビルのオーナーは今は別の場所に住んでいるものの、小学校までそのビルで育ったために相当な思い入れがあるとのことだった。1階には店舗(ロースタリーカフェとイタリア料理店)が入居しているが、2・3階は空いたままで放置されているので、築45年ということもふまえて耐震補強と共に改装し、入居者を募って蘇らせたいと希望していた。ビルは自由通りに面していて、目の前には奥沢神社があり、立地としてはとてもいい場所にある。すぐに調査を行なって、1階に入居している店舗や自由通り側の外装はそのままとし、それ以外の内外装、とくに2・3階に上がる階段室を主に改装範囲として提案した。

自由通りから枝分かれする私道に面した階段室は、まさに裏口と呼ぶべき印象で、表の自由通りと比べて狭くて薄暗く、そのままだと新規に入居者を募れる雰囲気ではなかった。その印象を払拭すると同時に、階段室の既存鉄骨フレームを建築の鉄骨躯体に見立てて仕上げを施すことで通りに小さなファサードをつくりだし、敷地内だけでなく周囲に対しても新たな印象を与えることができないかと考えた。

オーナーの父親は故人だが、かつてここを拠点として飲食店を運営し、工事を請け負ったり、商店会の会長を務めたり、地元では情に厚く面倒見が良い人物として知られていたとのこと。設計の過程では、ビルの関係者だけでなく地域の方々からも、オーナーの父親に関するユニークなエピソードが耳に入ってきた。

そうしてみると、既存建物のあちこちにそれが痕跡として残っているように感じられた。それをなぞるようにして、何を受け継いで改装するかを判断していった。たとえば、既存階段室に取り付けられていた杉の縦羽目板を改装後の壁・天井仕上げに踏襲したり、自由通りと私道の角に敷かれていたレンガタイルを改装後の床仕上げとして再解釈しつつ採用する、といった具合だ。暗さを回避するため鉄骨フレームは白く塗装した。照明が灯ると木やタイルの仕上げとともに空間が柔らかい明るさで包まれ、それが私道や自由通りに伝わってゆく。ビルの名称は、オーナーの思いを込めて「H-BLD」となった。

幸いなことに工事が終わる頃には空いていた2・3階への入居希望があり、2階の事務所は自由が丘で人気の土産店、3階の住居は個人が借りることになった。いずれも1階店舗に縁がある方々で、必然的にビル全体が一体感のあるコミュニティを携えて再スタートすることになった。竣工引き渡しのお祝いは1階のイタリア料理店で催され、オーナーを囲んで関係者が集まり、大いに盛り上がった。工事は日頃から付き合いのある地元の工務店に依頼していたが、その現場監督や社長も参加して、なにやら地域の知り合い同士の飲み会のような雰囲気になった。

実は、これには後日談がある。しばらくしてオーナーは諸事情でこのビルを手放すことになったのだが、それを購入したのが偶然にも、また1階店舗に縁のある方だったのだ。それまでの経緯を新オーナーが汲み取られたのだと想像するが、ビルの名前は変えないことになり、新オーナー自らが近隣を回って丁寧に挨拶をされたとのこと。1階店舗の方々も安心して営業できると話していて、一体感のあるコミュニティーはいまも継続している。

最近になって2階の事務所にギャラリーがオープンし、人の流れに幅が出てきた。今回の改装をきっかけに、必然と偶然が入り混じったこの縁がどこまで広がってゆくのか、とても楽しみだ。

-中佐昭夫-

 

改装前/before
改装前/before
改装前/before
2階にオープンしたギャラリー「katakana shin」/Gallery “katakana shin” opened on the second floor
改装前/before
改装前/before
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